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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1020号 決定

債権者

橋本百合子

右訴訟代理人弁護士

川崎敏夫

債務者

山口観光株式会社

右代表者代表取締役

山口隆一

右訴訟代理人弁護士

橋本二三夫

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成六年六月及び同年七月の各末日限りそれぞれ金三一万六一三六円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  債権者が債務者に対して雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金二一四万一五五二円及び平成六年四月から毎月末日限り金三一万六一三六円の割合による金員を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  前提事実

1  債務者は、ホテル・公衆浴場の経営等を主な目的とする株式会社である。

2  債権者は、平成三年一一月一日に債務者に入社し、同日から債務者の「豊中リゾートプラザ」でマッサージ業務担当者として勤務していた。

3  債務者は、平成五年八月三一日、債権者に対し、債権者を解雇する旨の意思表示をした。

4  債務者における賃金の支払は、毎月二五日締めの月末支払であり、債権者は、債務者から賃金として月額金三一万六一三六円(債務者から解雇される前の三か月間の平均)支給されていた。

二  主張

債権者は、右解雇通告は、正当な理由を欠くため無効であり、仮にそうでないとしても解雇権の濫用に当たり無効である旨主張する。

他方、債務者は、解雇した経緯及びその理由は以下のとおりであり、解雇は正当であり、仮に解雇が無効であるとしても、債権者は平成六年七月末日をもって債務者を定年退職となり、従業員としての地位を喪失する旨主張する。

1  債権者は、平成五年八月三一日、債務者からの出勤命令を拒否したうえ、翌日からの欠勤を申し出たので、債務者代表者が「明日から出て来なくてもよい」旨申し向けた。その後、債権者は、別の同業者に就職しており、債務者の「豊中リゾートプラザ」に私物を引き取りにきた。

したがって、債権者は、自ら債務者を退職し、あるいは債務者の解雇の申し出を了承したものである。

2  仮に、そうでないとしても、債権者には次のような懲戒解雇該当事実がある。

(1) 指揮命令違反

債権者は、平成五年八月三一日、債務者からの出勤命令に応じず、かつ、翌日から三日間の欠勤の申し出をした。

(2) 経歴詐称

債権者は、債務者に入社するに際し、昭和九年生まれであるにもかかわらず、昭和二一年生まれと偽り、債務者が債権者の労働能力を適正に判断することを妨げ、その判断を誤らせ、不正の手段で入社した。

(3) 無断欠勤

債権者は、平成五年一月九日から二月五日間など、しばしば、かつ長期にわたり無断欠勤をした。

3  仮に懲戒解雇が認められないとしても、債権者には次のような通常解雇事由がある。

債権者は、欠勤、無断欠勤も多く、老齢、体力不足から、マッサージ業務に耐えることができず、「身体または精神の障害により業務に耐えられない場合」「従業員が老衰その他の理由により能率が著しく低下した場合」「従業員の就業状態が著しく不良で就業に適しない場合」に当たる。

第三当裁判所の判断

一  債務者は、債権者は自主的に退職したあるいは解雇を了承した旨主張する。

本件疎明資料によれば、確かに、債権者は、解雇通告をされた後の平成五年九月一一日、債務者に私物を引取に行っていること、その後、同月一九日、二三日、二五日、二六日と、友人の紹介で別のマッサージ業者で稼働していることが認められる。

しかし、本件疎明資料によれば、前者は盗難・紛失を避けるために私物を引き取ったものと推認することができ、また、後者については債務者から解雇通告をされたため、一時凌ぎのアルバイトとして稼働したものと認めるのが相当で、かかる事実が存することをもって直ちに債権者が自主的に退職したあるいは解雇を了承したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

したがって、債務者の右主張は採用できない。

二  次に、解雇事由の存否について検討する。

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 債権者は、平成三年一一月一日に債務者に採用されたが、その際に債務者に提出した履歴書には、真実の生年月日が昭和九年七月二五日であるにもかかわらず、昭和二一年七月二五日生まれと記載している。

(2) 債権者は、以前からマッサージ業務の経験があり、日本サウナ協会の定める学科及び技術講習の全課程を昭和五七年五月に終了しており、債務者においてもマッサージ業務者として稼働していたが、債務者における業務内容が強度であったので、正規の休暇以外に月に一日ないし三日程度休むことがあったものの、その際にはその都度上司に申し出て了承を得ていた。

(3) 債権者は、平成五年一月九日から二月五日まで歯の治療のため欠勤したが、その際には債務者に歯科医の診断書と欠勤届とを提出しており、上司もこれを了承している。

(4) 債権者は、平成五年八月三一日、債務者に対し、「連日のマッサージ勤務で疲労困憊したため、二、三日休ませて欲しい」旨電話連絡したところ、債務者代表者から「もう辞めてくれ。明日からは来なくてよい。」と言い渡された。

2  右の事実によれば、本件の解雇通告は、債権者の休暇申し出に対してこれを拒否する形でなされており、解雇通告前に出勤命令が存したか否か明らかではないが、仮にそれが存したとしても、右命令に従わなかったことをもって、直ちに懲戒解雇事由に相当するとまでは到底いえない。

また、確かに債権者は採用時において年齢を詐称しているが、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、平成四年一二月に所得税の年末調整手続のため、給与所得者の保険料控除申告書及び扶養控除等申告書に真実の生年月日を記載して債務者に提出しており、債務者は遅くとも同時期には債権者の本当の年齢を知っていたことが認められる。それにもかかわらず、本件全疎明資料によっても、債務者が債権者に対し、年齢詐称に関し、それ以後何らかの特別の処置を取った形跡は認められないことに照らせば、債務者は、この点について不問に付していたものと認めるのが相当である。また、右年齢詐称の事実が債務者に対し、債権者の労働能力の評価を誤らせ、あるいは債務者の事業遂行に支障を与えたことを認めるに足りる疎明がない。

さらに、債権者は、前記認定のとおり、歯科治療の為の長期欠勤、その他毎月数日の欠勤の事実が認められるものの、いずれも上司に届け出ないしは上司の了承を得たものであって、無断欠勤とは認められない。

そうすると、債務者の主張する懲戒解雇事由は、いずれも懲戒解雇の正当理由とは認められないこととなる。

3  債務者は、通常解雇の事由としても種々主張するが、債務者主張事実を認めるに足りる疎明はなく、通常解雇を正当とする理由も認められない。

4  以上のとおり、本件解雇通知は、これを正当とする理由が認められないから、無効というほかない。

三  保全の必要性

本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、夫(大正九年七月二六日生)と二人暮らしであり、債権者の給与と夫の年金・恩給(年額合計一一三万四五六〇円)を合わせて生計を維持してきたこと、夫の年金・恩給(月額にして九万四五四六円)だけでは生計を維持するのには困難が伴うことが認められるから、その生活を維持するためには賃金の仮払いを受けるべき必要性のあることが一応肯定できる。

しかしながら、債権者の求める賃金の仮払いのうち、既に支払期を経過した平成五年九月から平成六年五月までの分については、本件疎明資料によれば、債権者及びその夫には相当程度の預貯金があり、それを取り崩しつつ現在に至るまで一応生計を維持してきていることが認められること、右既経過分の支払を受けなければ今後の債権者の生活を維持しがたいような特段の事情があるとの疎明はないこと等の事情を考慮すると、仮払いの必要性は認められない。

また、本件疎明資料によれば、債権者は昭和九年七月二五日生まれであり今年の七月二五日には満六〇歳になること、債務者の就業規則には、定年は満六〇歳とし、定年に達した日の月末をもって自然退職とする旨規定されていることが認められる。そうすると、債権者は、いずれ本年七月末日をもって定年により債務者を自然退職となるのであるから、賃金の仮払いの必要性も同日までの間しか認められず、かつ、それ以上に労働契約上の地位保全の必要性を認めることもできない。

四  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下する。

(裁判官 村岡寛)

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